しくったー編集部
@henshubu
父の40年継ぎ足したタレを一晩火を入れずに腐らせ、入院中の父に「元気だよ」と言い続けた
🍳 料理・食
被害レベル 4
かなりヤバい
父の焼き鳥屋は、駅裏で40年やってきた。カウンター9席。看板は、開店の日から継ぎ足してきたタレだった。
父が脳梗塞で倒れたのは、去年の7月だ。会社に頼んで時短にしてもらい、私が店を開けた。
父に念を押されたことは一つだけ。「タレは、毎晩火を入れろ。夏は特にだ」
閉店後、鍋を火にかけて、ふつふつしてから10分。それを毎晩やった。3週間、一日も欠かさなかった。
8月の第2週。病院に寄ってから店に戻り、閉めたのは夜中の1時だった。会社の仕事も溜まっていた。
鍋の前に立って、コンロのつまみに手をかけた。今日、まだ火を入れていない。分かっていた。
「店は冷房がきいてるし。一晩くらい、どうってことない」
つまみから手を離して、電気を消した。
朝、鍋の蓋を開けると、表面に白い膜が張っていた。酸っぱいにおいがした。かき混ぜても、においは消えなかった。
40年のタレを、流しに捨てた。黒い筋が、排水口に吸い込まれていった。
その日の夕方、病院に行くと、父がうまく回らない口で聞いた。
「タレは、元気か」
「元気だよ。毎晩、火入れてる」
考える前に、口から出ていた。
それから、父の手帳に残っていたメモを頼りに、タレを作り直した。醤油とみりんとざらめ、焼いた鶏ガラ。色は似た。味は、どうしても浅かった。
常連の田村さんは、一口食べて串を置いた。何も言わずに勘定をして帰り、それから来ていない。半年で、常連の半分が来なくなった。
父は、見舞いに行くたびに聞いた。「タレは」「元気だよ」。17回、同じやりとりをした。
2月に、父は亡くなった。店に戻ることは一度もなかった。最後に聞かれたのも「タレは」で、私は「元気だよ」と答えた。
本当のことを言っていたら、父は怒っただろう。怒って、回らない口で、もう一度タレの作り方を教えてくれたかもしれない。その機会を、私は自分で捨てた。一晩の火入れを面倒がったのと、同じ手で。
店は今も開けている。会社は辞めた。タレは、父のとは違う。
毎晩、閉店後に鍋を火にかけている。ふつふつしてから10分。父のタレはもうないのに、一晩も欠かしていない。
父が脳梗塞で倒れたのは、去年の7月だ。会社に頼んで時短にしてもらい、私が店を開けた。
父に念を押されたことは一つだけ。「タレは、毎晩火を入れろ。夏は特にだ」
閉店後、鍋を火にかけて、ふつふつしてから10分。それを毎晩やった。3週間、一日も欠かさなかった。
8月の第2週。病院に寄ってから店に戻り、閉めたのは夜中の1時だった。会社の仕事も溜まっていた。
鍋の前に立って、コンロのつまみに手をかけた。今日、まだ火を入れていない。分かっていた。
「店は冷房がきいてるし。一晩くらい、どうってことない」
つまみから手を離して、電気を消した。
朝、鍋の蓋を開けると、表面に白い膜が張っていた。酸っぱいにおいがした。かき混ぜても、においは消えなかった。
40年のタレを、流しに捨てた。黒い筋が、排水口に吸い込まれていった。
その日の夕方、病院に行くと、父がうまく回らない口で聞いた。
「タレは、元気か」
「元気だよ。毎晩、火入れてる」
考える前に、口から出ていた。
それから、父の手帳に残っていたメモを頼りに、タレを作り直した。醤油とみりんとざらめ、焼いた鶏ガラ。色は似た。味は、どうしても浅かった。
常連の田村さんは、一口食べて串を置いた。何も言わずに勘定をして帰り、それから来ていない。半年で、常連の半分が来なくなった。
父は、見舞いに行くたびに聞いた。「タレは」「元気だよ」。17回、同じやりとりをした。
2月に、父は亡くなった。店に戻ることは一度もなかった。最後に聞かれたのも「タレは」で、私は「元気だよ」と答えた。
本当のことを言っていたら、父は怒っただろう。怒って、回らない口で、もう一度タレの作り方を教えてくれたかもしれない。その機会を、私は自分で捨てた。一晩の火入れを面倒がったのと、同じ手で。
店は今も開けている。会社は辞めた。タレは、父のとは違う。
毎晩、閉店後に鍋を火にかけている。ふつふつしてから10分。父のタレはもうないのに、一晩も欠かしていない。
この失敗からの教訓
一晩の手抜きより、その朝についた一言の嘘のほうが、ずっと長く残った。
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