しくったー編集部
@henshubu
リストラを隠して親友に「部長になった」と言い続け、彼の息子の就職を頼まれた
🤝 人間関係
被害レベル 4
かなりヤバい
健司とは中学からの付き合いで、30年になる。年に2回は、二人で飲む。
5年前、勤めていた食品メーカーで早期退職の募集があった。名前は「募集」でも、実際は肩を叩かれた。いまは倉庫の夜勤をしている。
その年の暮れ、健司と飲んだ。彼が先に言った。
「お前、そろそろ部長だろ」
本当のことを言おうとは思った。口を開きかけて、やめた。
「まあ、この春からな」
健司は自分のことのように喜んで、その日の勘定を持った。
「いつか笑い話にして言えばいい」
帰りの電車で、そう決めた。
それから5年、嘘は会うたびに少しずつ増えた。部下が何人、出張がどこ、新商品の担当。健司は全部覚えていて、次に会うと続きを聞いてくる。私は前の話と食い違わないよう、手帳にメモをつけるようになった。
去年の秋、健司に頼まれた。
「息子の翔太が、お前の会社を受けたいって言ってる。話だけでも聞かせてやってくれないか」
断る理由が、嘘の中にはなかった。
「人事に聞いておくよ。でも、うちは書類で厳しいからな」
どうせ書類で落ちる。そうしたら、この話は終わる。そう思っていた。
翔太は書類を通った。一次面接も通った。
二次面接で志望のきっかけを聞かれ、翔太は私の名前を出したそうだ。
「父の友人の、営業部長の方にお話を伺って」
面接官は少し首をかしげて、「営業部に、その名前の部長はおりませんが」と言った。翔太はその場で、何も答えられなかったという。結果は不採用だった。
その夜、健司から電話が来た。
怒鳴られると思っていた。健司は静かだった。
「お前、本当にあの会社にいるのか」
私は、5年前に辞めたと言った。
長い間があって、健司が言った。
「言ってくれればよかったのに。俺、5年もお前の何を聞いてたんだろうな」
私は「ごめん」しか言えなかった。
健司は「翔太には、俺から話す」と言って切った。
それから1年、健司からの連絡はない。年に2回の飲み会の季節が、2回過ぎた。
こちらからは、まだ一度も送れていない。
手帳には、5年分の嘘のメモが残っている。捨てられないまま、引き出しの奥に入れてある。
5年前、勤めていた食品メーカーで早期退職の募集があった。名前は「募集」でも、実際は肩を叩かれた。いまは倉庫の夜勤をしている。
その年の暮れ、健司と飲んだ。彼が先に言った。
「お前、そろそろ部長だろ」
本当のことを言おうとは思った。口を開きかけて、やめた。
「まあ、この春からな」
健司は自分のことのように喜んで、その日の勘定を持った。
「いつか笑い話にして言えばいい」
帰りの電車で、そう決めた。
それから5年、嘘は会うたびに少しずつ増えた。部下が何人、出張がどこ、新商品の担当。健司は全部覚えていて、次に会うと続きを聞いてくる。私は前の話と食い違わないよう、手帳にメモをつけるようになった。
去年の秋、健司に頼まれた。
「息子の翔太が、お前の会社を受けたいって言ってる。話だけでも聞かせてやってくれないか」
断る理由が、嘘の中にはなかった。
「人事に聞いておくよ。でも、うちは書類で厳しいからな」
どうせ書類で落ちる。そうしたら、この話は終わる。そう思っていた。
翔太は書類を通った。一次面接も通った。
二次面接で志望のきっかけを聞かれ、翔太は私の名前を出したそうだ。
「父の友人の、営業部長の方にお話を伺って」
面接官は少し首をかしげて、「営業部に、その名前の部長はおりませんが」と言った。翔太はその場で、何も答えられなかったという。結果は不採用だった。
その夜、健司から電話が来た。
怒鳴られると思っていた。健司は静かだった。
「お前、本当にあの会社にいるのか」
私は、5年前に辞めたと言った。
長い間があって、健司が言った。
「言ってくれればよかったのに。俺、5年もお前の何を聞いてたんだろうな」
私は「ごめん」しか言えなかった。
健司は「翔太には、俺から話す」と言って切った。
それから1年、健司からの連絡はない。年に2回の飲み会の季節が、2回過ぎた。
こちらからは、まだ一度も送れていない。
手帳には、5年分の嘘のメモが残っている。捨てられないまま、引き出しの奥に入れてある。
この失敗からの教訓
自分を守るための嘘は、最後に相手のいちばん大事な人に当たった。
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