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しくったー

失敗談

息子の林間学校中に犬を手放し「逃げた」と言った。息子は2年、張り紙を貼り続けた

👨‍👩‍👧 家族・子育て 被害レベル 4 かなりヤバい
ハチは、息子の翔が5歳のときに来た柴犬だった。朝の散歩は、翔の役目だった。

翔が9歳の夏、下の娘が生まれた。生後3か月で、ひどいアレルギーがあると分かった。医者は、犬の毛も原因の一つかもしれないと言った。
妻と何晩も話して、ハチを手放すことに決めた。引き取ってくれたのは、隣の県で牧場をしている大学の先輩だった。

問題は翔だった。泣くのは分かっていた。何日も泣いて、妹のせいだと思うかもしれない。それが怖かった。
ちょうど、2泊3日の林間学校があった。
翔が出発した朝、私はハチを車に乗せて牧場へ行った。帰りの車で、言い訳を考えた。門の掛け金が甘かった。目を離した隙に、いなくなった。
林間学校から帰った翔に、そう言った。

翔は泣かなかった。玄関で靴も脱がずに「探しに行く」と言った。
その夜、翔は画用紙にハチの絵を描いた。「さがしています しばいぬ ハチ おすの4さい」。妻がそれをコピーして、200枚になった。

本当のことを言おうと思った夜は、何度もあった。いちばん強く思ったのは、張り紙を貼りに行く翔を、初めて車で送った土曜日だった。電柱にテープを貼る小さい背中を見ていて、喉まで出かかった。
「今言ったら、この子は全部、私を恨む。もう少し大きくなって、分かる歳になったら」
そう決めて、次の電柱まで車を進めた。

翔は2年間、毎週土曜に張り紙を貼り替えた。雨で破れたら、描き直した。私は毎回、運転手をした。
11歳の冬、翔は張り紙をやめた。「もう、どこかの家の子になってるよね」と言った。私は「きっとそうだ」と答えた。私がついた中で、いちばん本当に近い嘘だった。

分かる歳は、いつまでも来なかった。来たことにしなかった、と言うほうが正しい。

翔が23歳の春、私の父が亡くなった。葬儀に、牧場の先輩が来てくれた。
焼香のあと、先輩は翔を見て、懐かしそうに言った。
「翔くんか。大きくなったなあ。ハチな、うちで14まで生きたよ。最後まで元気だった」
翔は「ハチ」と言ったきり、私を見た。
先輩は、私がとっくに話していると思っていたのだ。十年以上あれば、話していて当然だと。

葬儀のあと、翔は一人で牧場へ行ったらしい。ハチの墓は、牧草地の端にあったそうだ。

それから翔は、正月にしか帰ってこない。妻とは話す。妹とも話す。私には「どうも」と言う。
一度だけ、謝った。翔は「うん」と言って、それから言った。
「嘘をつかれたことより、2年、一緒に貼ってくれてたことのほうが、きつい」

机の引き出しに、あの張り紙が1枚だけ残っている。9歳の字で「みつけたら、おしえてください」。
捨てることも、翔に返すことも、まだできていない。
この失敗からの教訓

「分かる歳になったら」の「なったら」を決めるのは、いつも嘘をついた側だった。

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