しくったー編集部
@henshubu
「先に下りるね」と山で友人を置いた。彼は分岐を間違え、一晩を山で過ごした
⚽ スポーツ
被害レベル 4
かなりヤバい
大学の山岳部で一緒だった健司と、20年ぶりに山へ行った。日帰りでも登れる、北アルプスの山だ。
私は今も月に2回は登っている。健司は、15年ぶりだと言っていた。
下りで、差がついた。健司は膝をかばって、数歩ごとに止まる。午後2時の時点で、予定より1時間20分遅れていた。
私はその夜、どうしても外せない仕事の電話があった。6時までに車に戻りたかった。
「先に下りるね。道は一本だから。駐車場で待ってる」
健司は「おう、悪いな」と笑った。
歩き出して5分ほどで、ふと思った。
あいつ、ヘッドランプ持ってきてたっけ。
朝、駐車場で荷物を詰めるのを横で見ていた。見ていたのに、思い出せない。
それに、道は一本と言ったけれど、途中に一か所だけ、沢へ下りる古い道との分かれ道がある。標識は倒れかけていた。私は登りのとき、それを見ている。
戻って言えば、10分で済んだ。
「大人だし。地図アプリも入れてたし」
そう自分に言って、足を速めた。
駐車場に着いたのは5時40分。電話を終えても、健司は来なかった。7時。8時。携帯は圏外のまま。9時に、警察に通報した。
健司は、あの分かれ道で沢のほうへ入っていた。ヘッドランプは、持っていなかった。日が落ちてからは動けず、岩の陰で膝を抱えて一晩を過ごした。10月の終わりで、夜は2度まで下がった。
翌朝7時、県警のヘリが彼を見つけた。軽い低体温症と、膝の靭帯の損傷。命に別状はなかった。
病院の廊下で、健司の奥さんに頭を下げた。奥さんは「無事だったので」とだけ言って、病室に戻った。
健司は私を責めなかった。「俺が遅かったのが悪い」と言った。それがいちばんこたえた。
退院してから、連絡は年賀状だけになった。去年は、それも来なかった。
あの夜の電話の仕事は、結局、翌週に流れた。
今も山には行く。分かれ道に来ると、後ろを振り返って、全員が追いつくまで待つ。一人で来ている日でも、つい振り返ってしまう。
私は今も月に2回は登っている。健司は、15年ぶりだと言っていた。
下りで、差がついた。健司は膝をかばって、数歩ごとに止まる。午後2時の時点で、予定より1時間20分遅れていた。
私はその夜、どうしても外せない仕事の電話があった。6時までに車に戻りたかった。
「先に下りるね。道は一本だから。駐車場で待ってる」
健司は「おう、悪いな」と笑った。
歩き出して5分ほどで、ふと思った。
あいつ、ヘッドランプ持ってきてたっけ。
朝、駐車場で荷物を詰めるのを横で見ていた。見ていたのに、思い出せない。
それに、道は一本と言ったけれど、途中に一か所だけ、沢へ下りる古い道との分かれ道がある。標識は倒れかけていた。私は登りのとき、それを見ている。
戻って言えば、10分で済んだ。
「大人だし。地図アプリも入れてたし」
そう自分に言って、足を速めた。
駐車場に着いたのは5時40分。電話を終えても、健司は来なかった。7時。8時。携帯は圏外のまま。9時に、警察に通報した。
健司は、あの分かれ道で沢のほうへ入っていた。ヘッドランプは、持っていなかった。日が落ちてからは動けず、岩の陰で膝を抱えて一晩を過ごした。10月の終わりで、夜は2度まで下がった。
翌朝7時、県警のヘリが彼を見つけた。軽い低体温症と、膝の靭帯の損傷。命に別状はなかった。
病院の廊下で、健司の奥さんに頭を下げた。奥さんは「無事だったので」とだけ言って、病室に戻った。
健司は私を責めなかった。「俺が遅かったのが悪い」と言った。それがいちばんこたえた。
退院してから、連絡は年賀状だけになった。去年は、それも来なかった。
あの夜の電話の仕事は、結局、翌週に流れた。
今も山には行く。分かれ道に来ると、後ろを振り返って、全員が追いつくまで待つ。一人で来ている日でも、つい振り返ってしまう。
この失敗からの教訓
戻れば10分で済むことを、私は「大人だし」で済ませた。
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