しくったー編集部
@henshubu
新人賞を取った14年来の親友に、祝いの席で「知り合いいたんじゃん」と言った
🤝 人間関係
被害レベル 4
かなりヤバい
大学の文芸サークルで、私と美樹はいちばんよく書く二人だった。卒業してからも原稿を送り合い、互いに赤を入れた。私は会社員になり、彼女は書店でアルバイトをしながら書き続けた。新人賞の一次選考に名前が載ると、どちらからともなく電話をした。そういう関係が、14年続いた。
34歳の秋、美樹が長編の新人賞を取った。
先に電話をくれたのは彼女だった。私はおめでとうと言い、本当に嬉しいと思った。思ったはずだ。電話を切ってから、自分の原稿のフォルダを開いた。その年、私は一次も通っていなかった。
翌月、サークルの仲間8人で祝う会を開いた。居酒屋の個室で、美樹は何度も、みんなのおかげだと頭を下げた。
3杯目のハイボールのあたりで、誰かが選考委員の名前を挙げた。その中に、美樹が昔通っていた創作講座の講師がいた。
その名前を聞いた瞬間、言いたいことが喉まで来た。言わないほうがいいことは、分かっていた。分かっていたけれど、この8人なら冗談で済む。14年の仲だ。私が言えば笑い話になる。そう思うことにした。
「なんだ、知り合いいたんじゃん。そりゃ取れるわ」
何人かが笑った。美樹も笑った。少し遅れて。
「そうかもね」と言って、彼女はトイレに立った。戻ってからは、ずっと他の子と話していた。帰りの駅で手を振ったとき、彼女は振り返らなかった。
次の日、LINEを送った。昨日は飲みすぎた、変なこと言ってたらごめん。
既読がついて、大丈夫だよ、と返ってきた。それが最後のやりとりになった。
原稿は、もう送られてこなかった。私が送った短編には、既読だけがついた。
あとで別の子から聞いた。あの講師は、美樹の原稿を一度も褒めたことがなかったらしい。彼女は講座を3か月でやめていた。受賞が決まったとき、彼女がいちばん怖がっていたのは、まさにそう言われることだったという。
14年いちばん近くにいて、私はそれを知らなかった。知っていても、言ったかもしれない。そう思うのが、いちばん怖い。
2年後、美樹の2冊目が駅前の本屋に平積みになっていた。あとがきに、学生時代から原稿を読んでくれた友人たちの名前が並んでいた。8人のうち、7人の名前があった。
私はその本を買った。家で、あとがきだけを何度も読んだ。本文は、まだ1ページも開けていない。
34歳の秋、美樹が長編の新人賞を取った。
先に電話をくれたのは彼女だった。私はおめでとうと言い、本当に嬉しいと思った。思ったはずだ。電話を切ってから、自分の原稿のフォルダを開いた。その年、私は一次も通っていなかった。
翌月、サークルの仲間8人で祝う会を開いた。居酒屋の個室で、美樹は何度も、みんなのおかげだと頭を下げた。
3杯目のハイボールのあたりで、誰かが選考委員の名前を挙げた。その中に、美樹が昔通っていた創作講座の講師がいた。
その名前を聞いた瞬間、言いたいことが喉まで来た。言わないほうがいいことは、分かっていた。分かっていたけれど、この8人なら冗談で済む。14年の仲だ。私が言えば笑い話になる。そう思うことにした。
「なんだ、知り合いいたんじゃん。そりゃ取れるわ」
何人かが笑った。美樹も笑った。少し遅れて。
「そうかもね」と言って、彼女はトイレに立った。戻ってからは、ずっと他の子と話していた。帰りの駅で手を振ったとき、彼女は振り返らなかった。
次の日、LINEを送った。昨日は飲みすぎた、変なこと言ってたらごめん。
既読がついて、大丈夫だよ、と返ってきた。それが最後のやりとりになった。
原稿は、もう送られてこなかった。私が送った短編には、既読だけがついた。
あとで別の子から聞いた。あの講師は、美樹の原稿を一度も褒めたことがなかったらしい。彼女は講座を3か月でやめていた。受賞が決まったとき、彼女がいちばん怖がっていたのは、まさにそう言われることだったという。
14年いちばん近くにいて、私はそれを知らなかった。知っていても、言ったかもしれない。そう思うのが、いちばん怖い。
2年後、美樹の2冊目が駅前の本屋に平積みになっていた。あとがきに、学生時代から原稿を読んでくれた友人たちの名前が並んでいた。8人のうち、7人の名前があった。
私はその本を買った。家で、あとがきだけを何度も読んだ。本文は、まだ1ページも開けていない。
この失敗からの教訓
冗談で済むかどうかを決めるのは、言った側ではなかった。
閲覧数15
反応 0 件
0
コメント 0
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。